2014/08/01

苫小牧、そして僕は途方に暮れる

マッカンドレスは北へ向かいながら、興奮をおぼえると同時に、ほっとしてもいた。人との付き合いや友人との交わりや、それに付随するさまざまなわずらわしい思い、そうした頭のうえにおおいかぶさるような強迫感からふたたび解放されたことで、ほっとしていたのだ。家族という閉所恐怖症を引きおこす場所から逃げてきたのである。ジャン・バーレスやウェイン・ウェスターバーグとは、適当にいくらか距離を置き、相手がなんの期待もいだかないうちに、彼らのところから飛びだしてきた。今度もやはり、ロン・フランツのところから苦もなくするりと抜けだしてきたのだ。
ジョン・クラカワー「荒野へ」p.95

朝、部屋で本を読んでいると船内放送があった。エントランス上階でまたピアノ演奏があるらしい。

暇だし行くかーと思って部屋を出ようとすると、昨日「ママは?」と聞いてきた女の子とその姉も出るところだったようで、「いっしょに行こ?」といわれた。後ろから母親もついてきているようだったし、今度は一緒に行くことにした。しかし人懐っこい子らである。





澄み渡るピアノの音と、そこかしこから聞こえる子供たちのはしゃぐ声のアンサンブル。それがエントランスに響いて心地いい。なんだか眠くなってきた。うとうとしていたらいつのまにかピアノ演奏は終わっていた。





だんだん港が見えてきたのでデッキに出てみる。これが北海道かー。


部屋に戻って荷物のパッキングをしていると、さっきの姉妹の姉のほうがやってきて少し話をした。どうもこの家族は埼玉からの引っ越しらしい。

「前はね、沖縄にいたんだよ」

「沖縄、暑い?」

「暑いよ、冬でね、いまの北海道ぐらい」

「へー」

「夏だともっと暑いんだよ」

「日本でいちばん南だもんねえ」

そんなのんびりした会話をしていると、いつのまにか港に着いていた。

すると唐突に女の子が「車は?」といった。なんのこっちゃ。

「車おいてきた」

「埼玉のおうちに?」

「ううん、フェリーのところに」

ああなるほど。港に車を置いてきたと思ってるのか。

「たぶん車もこの船の中にあるよ」

「うそ?」

「ホントホント、これぐらい大きい船だったらね、車も載せられるの」

「へー」

「お父さん、いま車のところに行ってるんじゃない? さっきからいないし」

「うん」





そして接岸。

家族連れもそれぞれ荷物を持って出ていく。子供たちは「バイバーイ」、大人たちは「子供の相手していただいて、ありがとうございました」といって。ただ雑談してただけで礼をいわれるというのも変な感じだ。

僕もバックパックをかついで部屋を出る。船を降りるための列に並ぶと、前にはあの姉妹がいて、妹のほうが「どこいくの?」と聞いてきた。

「あてのない旅に出るよ」

「……どこ?」

まったく意味は通じてないけど、いまはそれでいい。

もしかしたら彼女が大人になって、生きるのに疲れたとき、「そういえば子供のころフェリーで変な人に会った。あんな生き方もあるんだな」って思い出すかもしれない。それで少しだけ気が軽くなるかもしれない。人との出会いなんて、きっとそんなのでいいのだ。





そして生まれて初めて北海道の地を踏みしめる。でも特に何か感慨があるわけでもなく、僕はひたすら途方に暮れていた。

――ああ、また「やっちまった」。何度やれば気が済むんだ僕は。どうしてこうなった。この「やっちまった」は何度目だ。

ここまでのことはかなり事前準備していた。相馬から仙台へ、仙台港からフェリーに乗って苫小牧へ。それは何度もイメージトレーニングした。でもこのあとのことはまったくなんにも考えていなかった。とにかく苫小牧へ。苫小牧へ。苫小牧へ。それだけしか考えていなかった。

北海道を旅するったって、土地勘なんてまったくないのだ。札幌の位置くらいしかわからない。どこに何があるのかなんてまったくわからない。福島にたどりついたとき、テレビの天気予報を見て、「あれ? 会津若松って福島だったのか」とか驚いたけど、そんな感じだ。中卒の頭の中にある日本地図なんてそんなものである。

自分がアホだという自覚はあるけども、これはさすがにアホすぎるのではないか。あまりにも考えなさすぎるのではないか。

こんなので本当に大丈夫なのか。なんかめちゃくちゃ不安になってきた。足の力が抜けてきた。やばい、おしっこ漏れそう。


フェリーターミナルのトイレで小用を済ませ、ベンチでまた頭を抱える。

ああマジでやっちまった。だけどよく考えたらこの状況は予定調和だ。こうなることは事前にわかっていた。ここでこうして途方に暮れることは織り込み済みだったのだ。

もうやっちまったものはしかたない。この状況をどうにかするしかない。退路はないのだ。大阪にも京都にも兵庫にも、そして福島にも、僕の帰る家はないのだ。

帰る家(home)がない(-less)。まさにホームレスだ。こういう状況になるといつもこのトートロジーにたどりつくんだよなあ。なんでだろ。





とりあえず心を落ち着けるために売店で水とカップ麺を買う。

「北海道」って銘打てば、なんでも観光客が買うと思ってるんだろうか。そんなもので釣られクマー!

くそう、くやしい。


しかし腹がふくれたらだいぶ落ち着いた。

まずは現在地を確認する。どうもいまは苫小牧の市街の外れにいるらしい。まずは街の中心部、駅を目指そう。話はそれからである。あとのことはあとで考えよう。

案内所で聞いたら駅までバスが出ているらしい。さっきのフェリー接続の便はとっくに出たけど、夏季だけ増便されてるやつがあるのでそれでいけるらしい。増便されてなかったらやばかった。





苫小牧駅行きのバスに乗る。なぜかインドのマドゥライで乗った市バスを思い出す。知らない街の市バスに乗るのって、なんかワクワクするよね。





窓の外を流れる風景が知らない街のそれだ。現代日本の街並みなんてどこも似たようなもので、相馬や仙台の風景とそれほど変わらないはずなのに、なんだか全然別物に見える。あたりまえの風景ではない。ああ、まったく見知らぬ土地にやってきたんだと、このとき実感した。





苫小牧駅に到着。





駅前にあった地図で街の概観をつかむ。こういうのはGoogle Mapsじゃ無理なんだよなあ。





駅前にあったショッピングセンター。





と思ったら潰れてた。





なんぞこれwww





セイコーマートというローカルコンビニがあった。





あ、ツルハドラッグだ。僕はこれ東北に行って初めてその存在を知った。関西にも出店してるらしいんだけど、見たことなかったんよね。東北はホントどこにでもあってびっくりした。





アンダーパスを抜けて、駅の反対側へ。しかし暑い。苫小牧、めちゃくちゃ暑い。マジかこれ。夏の北海道は涼しいとかいうのは勝手な思い込みか。そういや実際に福島に行く前は東北の夏は涼しいとか思い込んでたな。





メガドンキ。これも初めて見たわ。





え、なにこれ、こんなんドンキちゃうって。いやホンマ。なにこの、イオンモールみたいな、すました感じ。お高くとまった感じ。普通にオシャンティなショップとか入っとるやん! ドンキはこんなんちゃうやろ! 人とすれ違えへんクソせまい通路! 乱雑な陳列! 安っぽいポップ! あの頭の悪い感じがぜんぜんないやん! 返して! あの頭の悪いドンキを返して!

いやしかし駅の反対側にこんなんできたら、そらあのショッピングセンター潰れるわな。





なんかゲーセンにこんなんあった。かわいいけど、さっきのホッキ貝のキャラのほうがインパクトはあったw





苫小牧市公式キャラクター……もしかしてホッキ貝の彼はリストラされたのか……。なんてこった……。





メガドンキからJRの駅への連絡通路があった。





みどりの窓口で青春18きっぷを買う。

これが噂の青春18きっぷか。初めて見た。切符を1枚1枚ちぎっていく感じなのかと思ってた。スタンプ押していくのね。

ちなみにいちおう説明しておくと、同じ日なら普通電車乗り放題(何度でも乗降車可)というのを5回まで使えるJR専用のチケットです(私鉄はもちろん不可)。11850円。春夏冬の特定期間のみ発売。今回僕が買ったのは9月10日まで使える。1日の運賃が2370円を超えるようならこっちのほうがお得。特急には乗れないので、時間と暇はあるけど金はない、という人向け。まあ僕のことです。


しかし切符を買ったはいいものの、これをどう使うか――つまりどこに行くか――についてはまだなんにも決まっていないのである。というか、そろそろ北海道の地理を頭に入れる時期のような気がするwww

なんでこう僕は目の前のことしかできないんだろうってたまに思うけど、そんなに脳のリソースがないんだからしかたない。

まずは今夜の宿をどうするかを考えよう。どこへ向かうかはそれから考えよう。うん。

さっき街をざっとまわった感じでは、ここらへんに24時間営業の店とかなさそうだし、ちょっと範囲を広げてネットで探してみる。なんか健康ランド的なものはないかって検索したら、空港に温泉があるらしい。新千歳空港温泉、入館料は1500円、深夜料金1500円、深夜料金払ったら朝飯のバイキングが無料、安眠ルームあり。お、これけっこうええやん。よし、ここへ行こう。





苫小牧駅から新千歳空港駅までは680円なので、今回は青春18きっぷを使わずに、普通に切符を買って乗車。北海道もこの開閉ボタンあるのか。寒い地域はどこもこうなのかな? あ、英語の案内が大阪のJRと同じだ。





うわー! なんか未開発の土地が続いてるー! うわー!





南千歳で乗り換え。





新千歳空港ターミナルビルの中にある新千歳空港温泉へやってきた。

とりあえず温泉へ行く。シャンプーとかボディソープとかはいうに及ばず、タオルとか歯磨きセットとか髭剃りとかドライヤーとか無料で使い放題らしい。すげーな。

まずは体を洗ってから温泉へつかる。あー、ええ感じや。お、露天風呂もあるやんけ。柵の向こうに飛行機とんどるで。ごついなこれ。

次はサウナ。テレビで北海道のローカル放送やってた。こういうので違う地域に来たなあって思う。

水風呂に入ってからミストサウナへ。ここテレビない……。テレビなしのサウナってけっこうきつい……。室温はそんなに高くないけどすぐに出る。

それからまた温泉入ったり、サウナと水風呂を行き来したりしつつ、十分に満喫してから、リラクゼーションルームへ。

本棚に漫画がけっこう置いてある。「進撃の巨人」があったら読もうと思ったけどなかった。わりと古めのタイトルしかない。なぜか「あずみ」を再読したくなったので何冊か持っていく。

毛布は勝手に持っていっていいらしいので1枚拝借する。リクライニングシートには全台テレビが付いている。あれ? ヘッドフォンとかないやん? とか思ったけど、このシートの頭の部分にスピーカーが付いていて、ここから音が流れるらしい。でもシートの外には全然音が漏れない。すげーな、最近はこんなのがあるんだな。

漫画読んだり、テレビ見てたりしたら眠くなってきて、寝た。

何か忘れているような気がしたけど、明日考えればいいやと思った。